*いちおうコレもカテゴリーは詩歌扱いにしています。
0023
[カノン6] それはまるで蜜月だった。まだ見ぬ人とのメールを介した蜜月。携帯電話がある限り、私は彼の安らぎを受け取ることができ、携帯電話は彼の化身だ。だが、私の中に次なる欲求が沸き起こってもいた。一度でいいから彼の姿を見てみたい、できることなら彼と会いたい!
0022
[カノン5] やがて彼からのメールに私は、内容というよりメールが届くことそれ自体、着信音が鳴ること自体、それも脳というより体が反応するようになった。皮膚、毛穴、子宮。私はメールを通して彼からのある種のエネルギーを受け取る。暖かく安心感のあるエネルギー。
0021
[カノン4] 年下であるという彼はまるで熟練した心理療法士のように私の心を解きほぐしていった。彼が住んでいるという島の自然について。風習について。そんなこと書き送ってこられても読んでいる心の余裕などどこにもないはずなのに、私の心に沁みこんでいった。
0020
世界はいよいよ狭くなり、国家は存在するが血の交配が極限まで進み、もはや人種というものは自分の遠い祖先のどれか一端を語るものでしかなくなっていた。国連は人種遺産を制定。かろうじて残った人種の痕跡を有意に持つ人々を世界中から抽出し希少種として保存することになった。
0019
とうとう赤ずきんにおばあさんの家へ行くお手伝いの命令が下された。ついにきた。赤ずきんは聡明でたいへんな読書家だったので、おばあさんの身にふりかかっていること、これから自分の身にふりかかること、そしてその深層心理学的意味について瞬時に理解した。殺らねば殺られる…。
0018
愛にセッティングしてもらって健二とベトナム料理屋。向こうのテーブルでは大きな声で酒を酌み交わす男が2人。聞けば、ベトナムから難民船で漂着したたった2人の生き残り、それ以来の再会だとか。ちょっと感動していると「ごめん、俺」と健二。私は生春巻をつまんだまま凍りつく。
0017
薫が半纏を引っ張るので見てみると、神輿に入っている俊が私を手招いている。仕方なく行ってみる。「何よ」。全然聞こえないがまだ何か言ってる。「はぁ?」。「す、き、だ」。私はカッとした。こんな所で、馬鹿にしてんの?「オレは神様担いで告白してんだ、真剣だ」。空が青いなぁ
0016
それは恋愛のスパイスではなく、私に言わせれば恋愛分子を繋ぐ不可欠のもの。奇跡。ちょっとしたものでいい。些細な偶然。記憶に残る、けれど他愛の無いハプニング。デートの最中に見た虹、美しい夕焼け。どこからか転がってきたボール。そんなことたちが確実に恋を後押しするのだ。
0015
たとえば小学校か小学校に入らぬうちに覚えた、布団の中で性器に手を押し充てる遊戯と同様、私が魅入られたのは、どういうわけか半田の匂いだった。半田こての先で小さな「じゅっ」というかわいらしい音を伴って立ち上る、ささやかで神聖で清潔な煙、そしてあの甘い匂い。…ああ!
0014
この世界にあふれる光にも善なるものと悪なるものがあるとして、その善なるものを身にまとうのが真珠である。あるいは、悪なる光をも浄化しようとするものが真珠である。母がわが子を抱き慈しむように、真珠は光を抱く。光を微笑に変える。そして、真珠はあらゆる卵(らん)を弔う。
0013
おかしな男。出会い系で出会ったのに、会えば新宿界隈飲みに連れ歩くだけ、キスさえ要求しなかった。不思議だったが彼と飲み歩くのは楽しかった。やがて疎遠になり、私は新たな出会いを求めて男を探す。会おうということになり待ち合わせ場所に行くと、彼。開口一番「ホテル行こう」
0012
あなたは許してくれるだろうか。お嬢さま育ちのあなたから「親が決めた相手と結婚させられる」とメールが届いた時、私は「おめでとう」とだけ返信した。昔のことだしあなたはもう思い出しはしないだろうが、私は今でも苦しみ続けている。それはたぶん、今でもあなたが好きだから。
0011
この年になっても両親との折り合いが悪いのは私のせいなのだろうか。両親は両親なりに精一杯私に愛情を注いでくれたはずで、その愛情に応えられないのは私の方だ。ただ、ひとつ私に言い分があるとすれば、それは父や母が私を抱きしめてくれたという記憶を与えてくれなかったことだ。
0010
「今しあわせ?」私はエレンに聞いた。エレンはホテルで知り合った、50を過ぎてここタイで性転換手術をしたスウェーデン人、元男性である。物静かで理知的な容姿の彼女は悲しげに首を横に振った。私はそれ以上何も聞けず、ひとりホテルを出ると容赦ない陽射しがわたしに照りつけた
0009
昔、摂津の国でしか採れない茄子があった。かたち、味ともに普通の茄子と変わらないが、食べるとなんとも人恋しい心持ちになる。初めは食されていたそうだが、やがて鬱を助長するものとして忌避された。この摂津茄子が「せつなす」「せつなし」、今の「せつない」という語の語源である。
0008
「人の心っていうのは家みたいなもんだ。君は人が尋ねて来た時どうするね?玄関で応対することもあるだろう。用心のためドアを閉めたままで用件だけ聞くかもしれない。あるいは人によってはさあどうぞどうぞと、寝室へ通して尻の黒子まで晒す人もいる。そういうことなんだよ。」
0007
そのまだ幼さの残る痩せた男娼は、一見、容姿こそ十人並みだが、客を掴んで離さぬ特別なものがあった。肩胛骨。肩胛骨の美しさ。太古、人というものがまだ天との関係を断ち切れぬ頃にはその証左として確実に存在していた、あの翼。彼の肩胛骨はそれを想像させるに十分なものだった。
0006
「最後のお使いをたのむ」王子は燕に囁いた。「もうルビーの目さえありません」。絢爛豪華だった王子の像は今や憐れなブロンズ像。「まだあるんだよ」と王子。言われるまま燕は王子の股間に懸命に嘴を立て中の金の細工を掘り出す。「やっと私は救われた」そう言うと王子は昇天した。
0005
桃太郎は刀を構えたまま大きく息を切らしていた。目の前の、まだ鬼の形相だが片腕を失いどくどくと流血しているこの鬼さえ殺れば、鬼が島は自分のものだ。あははは、もうすぐだ。とその時、鬼は「も、桃太郎…」とつぶやく。桃太郎は一瞬にして全てを悟る、「お、おにいちゃん…」
0004
[カノン3] 初めこそ彼に、ごく薄っぺらな自己紹介を小出しにしていたが、すぐ私は、自分の境遇の不幸と今の心の苦しさを一方的を訴えるようになった。その時自分がどれだけ唾棄すべき女を演じているかなど、自覚している余裕すらなかった。そんな時彼の反応は意外だった。
0003
[カノン2] 着信音の相手は、出会い系サイトで知り合った男だった。どうにもこうにもわたしが精神的にまいってしまって、はずみでメールを交わすようになった、遠い南の島で暮らしているという人である。彼はとても変わっていた。欲情にまみれた言葉を投げかけるわけでもない。
0002
[カノン1] 私は愛に抱擁される日々の中にいた。それは私の機種にプリセットされていた何ということはない「パッヘルベルのカノン」だったが、携帯電話の着信音でその曲が鳴るたび、涙は溢れ体は震え芯がじゅっと熱くなるような感覚に襲われた。だが着信音が問題なのではない。
0001
女に生まれ男になりたかったイカロスは王ミノスの怒りを買いジェンダーの迷宮に幽閉されたものの何とか自力で脱出し、蝋で張形を作りやっとのことで愛する人との逢瀬を果たしましたが、あまりの熱い情交で蝋が溶け、イカロスは絶望のあまり蝋の翼で太陽を目指し墜落死しました